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長崎地方裁判所 昭和35年(行)9号 判決

原告 株式会社 西沢 外六一名

被告 長崎県知事

主文

一  本件訴訟は、昭和三五年一一月五日の和解成立により終了した。

二  原告らの昭和三六年一月二〇日付書面による口頭弁論期日指定申立後の訴訟費用は、原告らの連帯負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、主文第二項掲記の書面で、本件訴訟につき口頭弁論期日の指定を求めると申し立て、その理由として、つぎのとおり陳述した。

一、本件訴訟について、昭和三五年一一月五日成立した裁判上の和解は、つぎのような理由により無効である。

(1)  本件のような行政訴訟においては、被告たる行政庁に訴訟物の処分権はないから、前記和解をすることは許されない。

(2)  かりにそうでないとするも、被告は、昭和三五年の歳末大売出しを直前に控えた原告ら商人に対し、前記和解に応じなければ直ちに本件行政処分を執行するかのごとく強硬に主張し、もつて、原告らの困窮に乗じて、右和解に応じさせたのであるから、右和解は、原告らの真意にあらざる意思に基く無効なものである。

二、よつて、本件訴訟は、右和解によつて終了していないので、本件訴訟の審理をうけるため、本件口頭弁論期日指定の申立におよぶ。

被告訴訟代理人および指定代理人は、主文第一項と同旨の判決を求めると申し立て、答弁として、つぎのとおり陳述した。

一、本件訴訟について成立した裁判上の和解において、被告の譲歩した点は、「本件行政処分の執行を昭和三六年一月三一日まで猶予する。」ということのみであり、右譲歩事項は、被告の純然たる自由裁量の範囲内の事項にあたるから、右和解は有効である。

二、かりにそうでないとするも、右和解調書中に明記されている訴の取下は、「本案訴訟の取下」として有効である。

当裁判所は、弁論を、本件訴訟が終了したかどうかの点に制限した。

理由

一、本件記録によれば、昭和三五年一一月五日の本件和解期日において、原告ら訴訟代理人山中伊佐男と被告指定代理人楫西貞雄、田中伝、梅崎浩一、植田繁幸との間で、つぎのとおりの和解条項の下に、和解が成立した旨の和解調書が作成されている。

和解条項

一、原告らは、本件行政処分の効力については、何らの異議をも申立てず、本件本案訴訟および行政処分執行停止の申請をいづれも取下げること。

二、被告は、本件行政処分の執行を昭和三六年一月三一日まで猶予すること。

三、本件訴訟費用(行政処分執行停止申請費用を含む)は各自の負担とすること。

二、そこで、まず、本件のような行政訴訟においては、右のごとき和解をすることが許されないものであるかどうかについて考察するに、行政事件訴訟特例法第一条によれば、いわゆる行政訴訟については、同法によるの外、民事訴訟法の定めるところによるとされているところ、右特例法には、和解につきなんらの規定も存しないのであるから、行政訴訟においても、当事者が訴訟物およびこれに関連する公法上の法律関係を処分し得る権能を有する限り、裁判上の和解をすることが可能であると解するを相当とすべく、特に行政庁の右処分権能については、すくなくとも自由裁量が認められる範囲内の事項に属する限り、これを肯定すべきである。

しかして、本件和解条項一、が原告らの処分権能の範囲内にあることは多言を要しないところであり、また、右条項二、にいわゆる本件行政処分とは、旧戦災復興土地区画整理施行地区内建築制限令(昭和二一年勅令第三八九号)第五条の定める建物除却命令および原状回復命令ならびに土地区画整理法第七七条の定める建物除却通知の意であることは、本件記録上明らかであるところ、右各処分の執行の時期は、その前提要件を具備しているかどうかを判断して、被告が自ら(他の機関の関与等なしに)、自由に定め得るものである(行政代執行法第二、三条、土地区画整理法第七七条第六項参照)。故に、被告が前記行政処分の執行を昭和三六年一月三一日まで猶予することは、被告の自由裁量が認められる範囲内の事項に属するものであること明白である。

三、つぎに、本件和解に関与した前記被告指定代理人四名が、いずれも被告によつて本件訴訟を行う職員に指定されたものであることは、本件記録上明白であるから、右四名は、被告に代つて本件訴訟につき、代理人の選任以外の一切の裁判上の行為をする権限を有するというべきところ、右裁判上の行為には、その前提をなすべき行政庁の権限に属する実体上の行為も含まれると解すべきである。ところで、本件和解条項二、にいわゆる本件行政処分の執行を猶予することは、代理に親しむ行為であると認められるから、前記四名は、本件訴訟について、前記和解を締結する前提として被告に代つて前記原告ら訴訟代理人に対し、右猶予をする旨の意思表示をする権限を有していたものと認めるを相当とする。そして、右意思表示には、特別の方式を必要としないと認められるから、本件和解の締結に際し、右意思表示が口頭でされた(このことは、当裁判所に顕著である)としても、その効力にはなんらの影響もおよぼすものではない。

四、最後に、原告らの主張するような事情のもとに本件和解が成立したことは、これを認め得る証拠がないのみならず、右和解に関与した前記原告ら訴訟代理人山中伊左男が、長崎弁護士会に所属し多年法律事務に従事し、裁判実務に経験深く法律知識豊富な練達堪能の弁護士であることは、当裁判所に顕著である。

五、以上判示のとおりであるから、本件和解は、これを無効とするなんらの原因も存在しないというべく、本件訴訟が右和解によつて終了したことは明白である。

よつて、右と異る見解のもとに、本件和解が無効であるとの前提でされた本件口頭弁論期日指定の申立は理由がない。

されば、当裁判所は、本件訴訟が和解成立の結果終了した旨の終局判決をすべきものとし、期日指定申立後の訴訟費用につき民事訴訟法第九五条本文、第八九条、第九三条第一項ただし書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高次三吉 粕谷俊治 谷水央)

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